楊家養心太極拳の道場・教室は全国各地にあります。それぞれの道場・教室にはそれぞれの歴史があり、それぞれに色々な活動や営みが行われていることでしょう。これはそうしたある道場のことです。
その道場は外坪教室といいます。ソトツボではなくゲツボでもドツボでもありません。「トツボ」と読みます。愛知県の北西部に位置する丹羽郡大口町外坪地区にある学習等共同利用施設を道場・教室としています。教室の北方には、桜の名所として名高い五条川が流れ、またすぐ東隣には東海地区最大級の前方後円墳である青塚古墳が横たわっています。
教室の先生は女性の方です。生徒はと言うと可愛い子供をイメージしがちですが、真逆で可愛いか判断に迷うようなお婆達です。
練習は日曜、火曜、木曜の週3回で、練習日にはそうしたお婆達が、この教室を目指して四方八方から集まって来ます。
想像してみてください、田園が広がる静かな田舎のそこかしこから60歳をえたお婆たちが突然湧いたように現れて、ゾロゾロトと教室を目指している情景を一人なら徘徊老人というところですが、30人ちかくのお婆たちが一斉に教室を目指して集まって来るさまは、静かな田舎であるだけに少々異様な光景です。
練習は、午前9時開始です。時間になると先生をはじめ白装束のお婆、いや道着姿も凛々しい師範の方々が前や列の四隅に位置して練習が始まります。
練功、立禅、甩手、八段錦、24式と進みます。いよいよお婆達には難しい箇所にさしかかります。倒捲肱です。あれ、ふらつかない。次だ、右蹬脚、転身左蹬脚。あ、これもこなした。下勢独立、海底針ならどうだ。ム、ム、片足立ちでもよろめかない。なぜだ。お婆らしくよろめきふらつけ!!これではお婆らしさ可愛らしさが無いではないか。お婆達の体幹の強さを目のあたりにするばかりです。
聞けば10年来の生徒がゾロゾロみえるとか。修練のたまものであろうと納得です。しかも80歳越えの方々もおみえになるという。おそるべきかな楊家養心太極拳。おそるべきかなお婆達。
一通り練習が終わると休憩に入ります。先生を中心に車座になり、先生から稽古要諦の講義や連絡事項などが伝達されます。その後はお喋りタイムです。
雀のさえずりなら可愛いのですが、集団お婆のさえずりがどのようなものかは察しがつくかと思います。旦那さまのこと、嫁のこと、飼っている犬、猫のこと、近所のこと等々、多岐に亘る話題や溜まりに溜まった心のつかえなどが一気に口からほとばしり、止まることを知しりません。しかも、そのほとばしりは、隣のお婆、隣のお婆と伝染し、二重奏、三重奏と全体がオーケストラ化するのです。
「ハーイ、後半を始めます」の先生の鋭い声で、お婆達は何事も無かったかのように再び24式を舞いはじめます。足を踏み出し、手を羽ばたかせながら白鶴の舞、無我の舞に入り込んでいくのです。
そして、舞い終われば紅潮した顔で再見、再見と言葉をかけ合いながら俗世間のしがらみの中へと教室を後にされます。
教室に通うそうしたお婆達をみていて気付きました。この外坪教室は、お婆達の身体の凝りや疲労を取り除くだけではなく健康に鍛え上げ、同時に不満を吐き出させ、こころの清浄作用をも行っていることを。素晴らしきかな楊家養心太極拳。素晴らしきかな外坪教室、そしてお婆達。
愛知県大口町・外坪教室 嶋生雅春 記
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