(37)前編 まろやかに、流れるように

不思議なことで、楊名時先生が太極拳を自ら演舞指導する映像はほとんどありません。1986年に池袋コミュニティ・カレッジ通信教室で作成されたビデオテープがその一つです。コミュニティ・カレッジより了解を得て、楊名時先生が太極拳を解釈されている付録文書の一部を、2回続けてご紹介いたします。お楽しみにして下さい。

太極拳では、ニ十四の動作をゆったりと連続して、 とぎれることもなく、次々と行ないます。あたかも、中国の大河が昼夜を問わずとうとうと流れているように続けていくのです。 

動きはじめる前に、多少緊張したり、体が硬くなっていたとしても,次々と動作を続けていくうちに、しだいに体のこわばりがとれ、心の緊張もほぐれてくるものです。

流水不腐

これは私の大好きな言葉です。流れる水は腐りません。私たちも、いつもゆったりと自然の流れに沿って、とどまることなく生きてゆくことが必要です。天地が休みなく動くように、小宇宙である私たちの体も、動きをとめることがあってはなりません。水の流れるように、ゆったりと休みなく、バランスよく、リズムにのって体を無理なく動かすのが太極拳です。疲れたときも、睡眠不足のときも、嬉しい時も悲しい時も、毎日けいこをしましょう。すると意欲が湧いてきます。そして、ついには深い心の統一にまでいたるのですが、それは切れ目なく、ひたすら動作を続けていくうちに自然に体得できるようになるのです。

太極拳を行なっているときには、仕事のことも、悩みも、心配も、すべて脇において、身心を太極拳に頂けてください。ほかのことは何も考えないで、すべてを忘れて太極拳だけに打込みます。動いているうちに、心と体のバランスがととのいます。ゆったりとした動き、ゆったりとした呼吸は気力を充実させ、憂いを解き放ってくれます。精神が集中すると、大脳や中枢神経の動きがスムーズになります。また、アメリカの長寿に関する研究を行なっているグループは、百二十歳まで生きる条件として、毎日少なくとも十五分ずつ、神経をリラックスさせることを挙げています。

 太極拳では「ボールを抱える形」とか「両手で円を描く」などということを言います。これでわかるように、まろやかな動きが中心になっています。円運動は、内臓にほどよいマッサージ効果を与え、体全体に好影響を与えます。また、精神面でも安定感をもたらします。円は直線と違って切れめがなく、太陽や地球の形とも同じで、宇宙のイメージともつながります。円運動は自然の法則にのっとった永遠の美しい動ききといえるでしょう。