楊名時先生は、「太極拳は道教、儒教、仏教の哲学を基とした文化遺産である」と常々仰っておりました。とりわけ、儒教は昔から中国人の思想の柱であり、身を修める規範であると。楊名時先生は太極拳を通して、この儒教、つまり孔子の教えを説いた『論語』の名言の中から、中国人の人生観や価値観を教えて下さいました。私は、太極拳の型よりも稽古の中間で聞くこれらのお話しを聞くのが、とても楽しみでした。
楊名時先生は論語を、小学4年生の時中国・山西省の田舎の私塾のような所で、偉い先生から毎日論語を暗誦させられたそうです。当時は論語の哲理など分かるはずもなく、嫌でたまらなかったそうですが、覚えないと棒で叩かれたり、家に帰って朝食を食べることができなかったため、一生懸命暗記したとのことです。
ところが年を重ね、人生の体験を積み重ねるに従って、論語の説く深さが理解できるようになったとのことです。特に留学したのが日本の旧制京都帝国大学でしたので、中国文学の第一人者の吉川幸次郎先生にお世話になる機会に恵まれ、いっそう論語との付き合いが深まったそうです。私も大学時代、吉川幸次郎先生のご本で論語を勉強しました。
2500年前、孔子の説いた人生処世の書である論語の精神を、太極拳を稽古することによって、体を通して学ぶことができました、と楊先生から私は何度も聞かされました。そして、知ることと行うことが一致してこそ、真理は生きるのですという教えと共に、私の胸底に刻まれております。
楊 麻紗記