太極拳の師であり夫であった楊名時先生のエピソードを紹介し、45年に及ぶ太極拳の足跡を辿ってみたいと思います。
私は太極拳を知る前に、中国語の学生として楊名時先生に出会いました。ちょうど20歳の時です。日中の国交が回復していないこともあってか、中国語を学ぶ人が少なく”変わった人だネ”と友人に思われていたようです。
当時、池田勇人首相が所得倍増計画を打ち出し、それに向かって日本人が猛烈に働き出した頃でした。そんな時代の1966年(昭和41)の春、「日本武道館で健康法としての太極拳教室が開かれるので、君たち来ないか」と中国語の授業中に誘われ、見学のつもりで武道館に行きました。
初めて見る太極拳の動き。あまりのスローさに驚いてしまいました。と同時にゆっくりとした太極拳が、はたして日本人の気質に合い定着することが出来るのかなというかすかな心配も起こりました。
しかし、楊名時先生の春風駘蕩のお人柄、人を惹きつけるカリスマ性、品格のある太極拳の舞いに私の不安は消えたのです。この人物ならば不幸な日中関係を改善する力になるのではないだろうか、という直感がひらめき太極拳の弟子になったのです。私の直感は当たりました。
楊麻紗