(30)縁は異なもの味なもの

この夏、長野県の須坂に行った。うちの息子のお嫁さんの実家はここで蕎麦屋をやっている。美味しい十割蕎麦や、鳥の燻製、夕顔などの珍味や地元のお酒に舌鼓を打ち話題は盛り上がった。お店には有名人もけっこう来るようで色紙や写真が置いてあった。健康法の話になった時、私が楊名時太極拳を長い事やっているというと、お父上は膝をポンとたたいて奥の部屋へ消えて入った。にこにこしながら立派な額に入った色紙をもってきた。

な、なんと楊名時先生の直筆の色紙ではないか。柔らかで丸い温かみのある懐かしい字。

以和為貴 同心協力   楊先生がよく黒板に書かれた言葉―

 聞くと、この時、楊名時先生にはお付きの男性がふたりいて三人でお店に来たそうだ。お酒が好きそうなので、取って置きのドブロクをサービスで出したら喜ばれて、美味しいと三杯も飲まれたとの事。そして帰り際に「来年もまた来たいけど、もう来られないと思うから色紙があったら」と、お渡しすると「あなたの家の家宝にしなさい」と言われ、にっこり笑われたという。

 この蕎麦屋の屋号は“あがれ家”で、家宝に掛けたのだろうか。

 色紙の日付は2004年11月2日、その翌年の7月に楊先生はお亡くなりになった。お父上は、来年は来られないという言葉がとても気になったと言っていた。楊先生はわかっていたんだと私は確信すると同時に哀しく涙ぐんでしまった。

でも、でもね。すごい事だなと思うのは遠く離れた場所でも、縁は繋がっているということ。

 有縁千里来相逢 無縁対面不相識  この言葉も黒板によく書かれたー

(縁があれば遠く離れていても逢いに来る。縁がない場合は目の前に居てもお互いに知らない。)

ふと、この言葉が頭に浮かんだ。楊名時先生と須坂で、しかも息子のお嫁さんの実家で巡り会えるとは”縁“とは不思議なもの。

2011年9月 山名暁美

PAGE TOP