(49)好むよりは楽しむ

楊名時先生の太極拳の指導法には、決まった順序があります。ニイハオの挨拶から始まり、立禅、用手、八段錦、通し稽古までが前半で、後半は部分稽古、通し稽古、八段錦、立禅、甩手、最後は感謝のシェシェの挨拶で終わります。私はこの稽古の流れを、ストーリーと呼んでいます。このストーリーに沿って太極拳を舞うと、実に気持ちがよく体が解れるのです。

 前半の稽古と後半の稽古の間は小休止して、お話をされます。大体20分前後の話ですが、その内容は太極拳に限らずさまざま。一番多かったのは孔子・老子などの中国の先哲の教えです。中でも『論語』は小学校の時、国語の授業で論語の暗記があり、これができないと家に帰れないため、内容は解らず必死で覚えたそうです。その先生は元官吏登用試験である科挙に合格した偉い先生で、楊先生が長じて論語の深い意味が解り、先生に感謝するようになったと、話されていました。

 表題の原文は、論語雍也第六「之を知る者は之を好む者に如かず。之を好む者は之を楽しむ者に如かず」。このフレーズは日本でも有名で、私たちは楊先生から何度も聞かされました。太極拳に関していえば、太極拳の知識がいかにあっても太極拳を好む人に及びません。また、太極拳が非常に好きでも、太極拳を楽しんでいる人にはやはり及ばない、という意味です。なぜ、及ばないのでしょうか?それは太極拳と自分が一体化されていないからです。「楽しむ」とは雑念を払い心を放下して、太極拳と自分が融合すること。上手下手

に関わらず、とにかく楽しむことが最上なのです。楽しんで太極拳を舞うと心が落ち着き、体も柔らかく軽くなり、稽古のあとの気持ちは言葉に表せないほど清清しい。

 楽しむ者が一番長く続き、そして深く味わうことができることの教えです。

楊 麻紗

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